Feb 13, 2009

Interview 14 : nosigner



sorry, only Japanese at present.



今回は、若手実力派デザイナーnosignerとのデザイン談義です。家具デザインから商品パッケージまで幅広く手がける彼の実直なデザイン論に、今後の社会に求められるデザインのあるべき姿を垣間見ることができます。


DL(以下D): デザインという言葉がだいぶ社会に浸透してきて、結構盛り上がってきてはいると思うのですけど、東京のデザインシーンは、もっと良い方向へ行けるのではと思います。

nosigner(以下n): そうですね。

D: 行政とかが、もっとシーンを後押してくれればと思います。

n: (行政は)デザインに対して何もやってないわけじゃないんですけど、他の国を見てみると、デザインをはじめとした文化政策はもっと政治と直結しているんですよね。日本の行政のデザインに体する関わり方は、例えば担当部署レベルで良い考えを持った人がいたとしても、決定権のある人に理解があるという状況ではない。まして政治家自身が国策のためにデザインを利用するような成熟した状況はもっと難しそうですね。麻生さんも一応デザインを政策に利用すると言っているけど、それはイギリスや韓国など諸外国の行動に比べたら、ほとんど絵に描いた餅というレベルに見えます。デザインが社会に対してどのように有効で、国策にどう利用できるものなのか、政治家の皆さんは想像できているんでしょうか。

D: やはり、その辺りはまだまだという印象を受けます。誰かがそれを指摘して助言する必要があるのかもしれません。行政に限らず、民間企業にも同じことがいえると思います。デザインの重要性というのが今一つ・・・。いずれの場合も、それ(デザインを重視した施策)をやることで得られるメリットは、かなり大きいと思うのですけど。何でやらないのだろう、っていうところありますよね。

n: そう思います。いまの日本のデザインの盛り上がりは、一部の心ある民間の有志やデザイナー自身の手によって作られている状況が強いですが、せっかく盛り上がり始めているデザイン文化の流れが続いていくためには、行政や一般の方など、本来デザインを最も利用する人たちが、デザインの効能を理解することが肝心でしょうね。

D: そうですね。この盛り上がりを一過性のムーブメントで終わらせないためにも、デザインの有用性を広めてゆくことが必要だと思います。
実際にデザインは、実践的なタクティクスとしてあらゆるところに利用できるはずです。商品のパッケージングだったり、会社のロゴだったり、公共デザインなんかもそうですよね。もちろん今でも何らかの方策があるのでしょうけど、もっとデザインを戦略的に使うことで、企業イメージなり、商品の売れ行きなりは大きく変わると思うのですよね。公共事業や公共デザインにしても人々の興味や関わり方は随分変わると思います。デザインの効能によって物事が向上する、 という事例が増えてゆけば自ずと良いサイクルが生まれると思うのですが・・・。

n: デザインが今以上に人々の生活に近づいていくためには、社会がデザインに対して持っている、「デザインっぽさ」と言えるような、デザインに対する歪んだ理解を払拭することが目標になるのかもしれません。
多分20年くらい前に、デザイナーや建築家は、デザインという文化に対する社会からの信頼を多少なり失ってしまったのかもしれないと思っています。
「デザインは問題を解決することができる。」というポジティブな面ではなくて、「デザインはデザイナーのわがままに直結しかねない。」というネガティブな面がバブル期周辺にありありとプレゼンされてしまった。
デザインを取り入れて合理化することと、デザイナーの観念を押し付けられることは大きく違うはずなのだけど、一般の方にとっての印象は昔のデザインの印象を引きずっているように思えます。デザインの効能を見つめ直す意味でも、デザイン教育は僕らの時代にとって大きな課題ですね。


D: そうですね。デザインの受け手側もきちんとデザインを理解する必要があると思います。デザインという単語は、なんとなく響きもいいし、すごくカッコ良いイメージがありますけど、それが逆にあだになってしまっているところもあるのでは、と思います。
デザインされたものは見た目だけではなくて、しっかりファンクション(機能性)も考えて作られているもののほうが本当は多いと思うのです。だけど、優れたファンクションを持つものは概してビジュアルも優れていることが多い。だからデザインという単語がくっついてくると、それだけで何やらカッコ良いものを過剰に想像してしまうし、実際、ビジュアル面ばかり強調された変に偏ったイメージがデザインについちゃっているのだと思います。そういうデザインに対する表層的なイメージがひとり歩きしちゃっている、という気もします。
デザインとは本来、物事をよくしたりとか、ものを使いやすくしたりとか、そういう機能のほうが大きいと思うのですよね。それなのに、逆にそれ(デザインという語のもつ響きや過剰な正のイメージ)で敬遠されちゃっているってところがあるのではないかと。

n: そういうことかもしれないですね。
デザインをデザイン単体として完成されたクールなものと考えると大きな間違いになりかねません。「完全なデザイン」を作り上げようとすることより、むしろ何かと何かの間に「良い関係」を作ることがデザインの本質にはありますから。
たとえて言うなら、時にデザインは作家が作品を作るという感覚よりも、奥さんが美味しいおかずを昨日の残り物とスーパーのセール品から上手に考え出すような感覚に近かったりする。デザインというフィルターを通して合理化・再構築することで、いくつかの課題を同時に満たす最適な方法を発見することが出来るわけです。「一石二鳥」といった感覚でしょうか。
アイコン化された「デザイン」という言葉の印象とは違った、「一石二鳥」を実現させるデザインの優れた側面を一般の方が実感できる仕組みが欲しいですよね。その実感が促せれば、デザインと社会の関わり方はぐっと変わるだろうし、逆に社会は有用じゃないデザインに対してNOと言えるようになるはずです。


D: そうですね。まさに、そういった側面がデザインの要だと思います。デザイン単体だけを見てしまうと、それはデザインではなくただのオブジェクトになってしまいます。その周囲との関連性こそがデザインを決定づける大事な要素ではないでしょうか。そのような観点からゆくと、デザインとアートピースは少し異なる、社会へのアプローチであると思います。アートピースも勿論デザインされたものであるし、精神を豊かにするだとか思想の表現であるとか文化的な側面ではおおいに評価すべきものです。だけど、ここでいうデザインとは、ちょっと異質のような気がします。実生活での有用性みたいなところでいうと、デザインとアートは全く違う役割を担っていると思うのです。ですから、デザインもその同じ括りで語っていいかというとやっぱり本当は違うと思うし、ややもするとデザインとアートが混同され同じレベルで捉えられることに違和感を覚えます。そもそもアートとデザインの境界を引くのは難しいのですが、社会にとって有用なデザインと、ア−トのような個人にとって有用なデザインは、異なる次元で理解されるべきではないかと思います。もちろん、どちらのデザインも有用なことには変わりありませんが。

n: 関係を作るという視点に立てば、確かにアートとデザインの境界は曖昧なものです。
アートが優れたアートたりうるかどうかの分かれ目は、それが歴史や鑑賞者に対して「新しい関係」を提示しうるかどうかなのだと思います。歴史に残るデザインというのも同じ基準で判断が出来るでしょう。いずれにしても、名作といわれる優れたアートには、作家のマスターベーションを感じないものです。
ただ、アートとデザインはゴールが近くてもスタート地点が大きく違う。デザインの背景には「解決策」や「実生活」が必ず存在するアクチュアルなものですが、アートは表現する事そのものに価値があるので、フィクションでも成立しますからね。


D: アートもデザインも、どちらも社会に必要な要素であることは間違いないですよね。ただ、これまで日本は美術などの芸術分野には力を入れども、デザインは文化的インフラとしては少し軽視されてきたような気がします。芸術分野にしても他国に比べれば見劣りしますが・・・
これは国に限らず企業や個人など全てにいえることだと思いますが、もう少しデザインをうまいこと使いこなせば、よくなることも多いと思います。少し乱暴な言い方になりますけど、デザイナーという職業がこの世に存在しているのだから、社会はそれをもっとうまく利用すべきではないでしょうか。そのためには、まず、もう少し社会がデザインに目を向け理解することが必要だと思います。

n: 国をはじめとして、社会がデザインの有用性を理解することで様々なことが変わるはずです。
何を解決するためにデザインをするのか。
デザインの背景にあるメッセージは何なのか。
そのデザインで世の中がどう変わっていくのか。
そんな風に、デザイナー自身もデザイン界という狭い世界の基準から離れて、デザインの外側を意識しながらデザインを作ることが必要ですね。残念なことですが、デザインのためだけに作られたデザインもたくさんあります。デザインの文脈の中でしか通用しない狭い感覚のデザインは、逆にデザインの可能性を摘む結果になってしまっているんじゃない?と思えたりしますね。まぁ、これは自戒でもあります。自分自身も気をつけなくてはと思っています。


D: 簡単なことではないですけど、デザインする側とそれを利用する側の双方が、社会とデザインの関わりや意義を正しく認識する必要がありますよね。デザイナーにしても、自分で自分の首を絞めないようにしないとダメです、やっぱり。結局、僕らにしてみれば、デザインを通して何かと繋がり、良い関係を築いてゆくには、そこに介在するデザイナーが一番の頼りですから。

n: デザインする者自身が本心で「欲しい」と思える何かをデザインすること。
また同時に、自分だけでなく世界にとっても「必要だ」と思えるものを作ること。
その二つが基盤ですよね。当たり前ですけど、デザイナー自身が自分の未来にとって必要ないものや欲しくないものを作っちゃダメですよ。いいこと何にもないですから。
社会が劇的に変化を続けているのと同時に、デザインを取り巻く背景は、すごいスピードで変化しています。ますますデザイナーにはデザイナーとしての能力と同時に、世の中の大局を捉える力が必要になってくるでしょうね。
posted by DL at 13:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | interview
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